2011.04.03 ワシントンDC(5)

目覚まし時計が鳴る前に起きてしまうたちなので、この日も早く目が覚めています。というと聞こえがよいのですが、度を越して夜中のうちに目がさえてしまいました。そこからまた寝入っていまうと、飛行機の中で時差ボケする原因となると思い、眠いながらもパソコンを眺めながら過ごしました。

ホテルを出る予定時刻は8時過ぎを考えていましたので、だいぶ時間がありましたがお兄ちゃんは疲れて前日9時に寝ていたので、起きてきたころは6時。丁度、シャワーでも浴びて出発準備をするのによい時間でした。荷物はそんなに増えているわけではないものの、機内持ち込み荷物に変なものを入れないように気をつけたつもりで荷物を準備しました。

8時過ぎに難易度の高い!?チェックアウトに向かいます。宿泊費は予約時点ですでにクレジットカードで払っているものの、コミュニケーションが100%でない場合は一番問題が起きそうだと緊張が走るところです。受付に行くと、チェックインの時と同じ、(私にとっては)高速の英語を話す黒人女性の受付のひとでした。

部屋の掃除やシーツの交換を一回節約するとくれる5$分のバウチャーは、使わずにフロントに出すとホテルチェーンのポイントに変えてくれますので、4泊中の1泊分に「環境に協力」しておきました。そのバウチャーを差し出すと、高速の英語で「あ、使わなかったの?じゃ、ポイントにしますね」とのお返事。こちらは「よろしくね!」で会話は成立。コンピュータ端末を眺めながら、「宿泊費は前払いが済んでいますね、ほかに利用はないですね」で、こちらは「Sure!」と答えてみます。

そして、精算が済んだときには何やら高速でこちらに問いかけています。一度「パードゥン!?」と聞きなおすと、同じ速さの高速英語でしたが今度は聞き取れました。

“Do you need a copy?”

です。精算書の控えは必要か?と聞いていたわけす。この文章を1秒以下で発音する感じです。なぜか口をついて出てきたのが「I have….」なのですが、文脈に合わないことをすぐ悟り、

“I neeeeeed, I need a copy.”

と答えるのが精いっぱい。するとちゃんと控えをプリントアウトしてくれて、丁寧に折りたたんでくれました。次も高速で何か聞いていますが、今度は何とか聞き取れました。

“Do you need an envelope?”

そう、精算所の控えを入れる封筒が必要かどうかを聞いてくれたのでした。意外と丁寧に聞いてくれるものです。ただ、速さだけは手加減?がないので超高速の英語でした…。

“I, I, I neeeed.”

と答えるのが精いっぱい。でもちゃんと封筒に入れてくれたことに気を良くして受付カウンターの上にあった無料と思しきミネラルウォータの小さいボトルを指差して、

“May I have a watar?”

と尋ねると、

「どうぞ、お好きなだけ」(英語はわすれちゃいました)

というようなことをお答えいただきましたので、2本いただきました。
精算も終了して無事にお兄ちゃんとCrystal City駅に向かいました。わずか数日間とはいえ、何度も利用した駅は少し愛着がわきます。日曜の朝なので少し人気のない駅でRosslyn駅間まで1.85$の切符を買おうとすると、一番厳しいバスの料金12$を残しておくと、切符は1枚分しか小額紙幣はありません。

お釣りは5$までしか出ないそうですから、20$札でさえも使えないのです。

仕方がないので、1枚は現金で、もう1枚は1.85$にもかかわらず、クレジットカードを使って買いました。それができてしまうのが、アメリカはクレジットカード社会だなぁ、と思いました。

Rosslyn駅の改札には8:30ごろでした。事前にプリントアウトした時刻表で、日曜日の空港行き5Aバスは8:46にRosslynを出発することは確かめてありました。15分くらいの待ち時間があります。お兄ちゃんはこの期に及んでもまだ「朝ごはんにマックが食べたい」とうので、バス停から道を挟んで向かい側にあるマックに20$お金を握らせて「修行」させるべき、一人で行かせました。

お兄ちゃん、大したもんです。

「朝マックの時間で、セットメニューしかなくて普通のハンバーガーだけはなかった。だからマックシェイクキャラメルトッピングを買った」

IMG_4873_S

とのこと。吐く息が白いくらいまだ寒いワシントンDCです。それでも冷たいマックシェイクを飲むとは、さすが若者は違いました。見ているだけでも寒い感じですが…。

バスは道がすいていたからか、ほぼ定刻通りにきましたのでこれ見よがし?に5$2枚と1$2枚を現金を突っ込む入口に入れておきました(こんなところだけは利口?な機械で、ちゃんと券売機などのようにお金を吸い込むところがあります。昔の日本のバスみたいにベルトが動いているところに突っ込むわけではありません)

空港へ向かうバスからみる最後のワシントンDCは、これまで一番の晴れ渡り具合でした。

IMG_4874_S

すこし残念ではあるものの、この空港バスに乗ったらあとは空港でチェックインできたらあとは日本です。

ちなみに、日本語でチェックインと言っていますし、多くのアジアの空港でもチェックイン書いてあったように思うのですが、ワシントンDCのダレス空港では「Ticketing」と書いてあります。最初は迷いましたが、やっていることを眺めていると文字通り荷物を預けて搭乗券をもらう、ということなのでANAのカウンターで荷物を預けます。そして搭乗券をもらうときにはカウンターの韓国系と思しきお兄さんが

「アップグレードしておきました!」

とのこと。二人揃って、エコノミーのなかでもちょっと席がよい「プレミアムエコノミー」にしてくれました。

昨年人生修業を重ねたり、仕事で鹿児島や広島、大阪に飛行機で出かけていたら、はからずも「ANAマイル修行」にもなっていたのでラウンジ券ももらい、ANAはダレス空港には自前のラウンジがないのでルフトハンザのラウンジに行くように書いてあります。

お兄ちゃんは、朝ごはんを食べていないのでカップめんやらおにぎりをいただき、私は前の日の夕飯から食べていませんから、やはりカップめんやおにぎりをいただきましてパソコンでメールをみながら待ちました。ちなみにラウンジ、頑張って英語であいさつをしたところ、日本人の方と思われる女性がさわやかに日本語で挨拶を返してくれ、気が抜けました。

IMG_4875_S

飛行機には11:55に搭乗開始とのアナウンス。なんと、ラウンジのメインの玄関を出なくても、ラウンジの受付カウンター前から直接搭乗口へ続く通路につながっている出口があり、そちらから飛行機に向かえます。なんだかVIP気分…。

IMG_4877_S

12:30には離陸し、そこから14時間以上の飛行時間をかけて成田に戻ってきました。。成田に到着したのは15:16ごろ。

IMG_4884_S

荷物の中で着替えなどは宅急便で送り、すぐに持って帰りたいものだけもちながらスカイライナーがよい時間になく、結構駅で待ちましたが無事に家まで帰りました。

ちなみに帰りの飛行機では

  • 「私がクマに切れたわけ」
  • 「幸せの始まり」(途中まで)

を見ていましたが、やはり夜中から起きて時差ボケ対策にいそしんだおかげで、結構飛行機の中で「落ちて」いました。何といってもよかったのは、プレミアムエコノミーでは、ヘッドフォンが飛行機のエンジン音を緩和する機能を内蔵していたこと、そしてスリッパなどがあり少し解放感があること、座席がひろく、前後も若干余裕があったことでした。

これでお兄ちゃんの「春休み探検修行?」はおしまいです。

2011.04.02 ワシントンDC(4)

本日はスミソニアン航空宇宙博物館の別館に行くことにします。ワシントンダレス空港のそばにあるため、市街地からは非常に不便な場所にあります。このため、レンタカーを利用していない場合。ツアーに参加するのが便利という説もありますし、おそらく多くのアメリカ人は車で訪れるものと思われます。

しかし、自分たちはアメリカに人生修業に出ているわけですから、ツアーの利用という歳をとってからでも利用できる方法は使いません。公共交通機関がある限り、できるだけそちらを利用します。

改めて書くと自分たちの宿泊しているホテルは、ワシントンDCまで地下鉄でほんの数駅のバージニア州アーリントンにあります。ホテルを朝の8時ごろにでて、Crystal City駅からブルーラインでRosslyn駅に向かいます。

IMG_4730_S

30日に空港から市街地にきたルートを逆に空港に向かいます。地下鉄は頻繁に走っていますが、空港と市街地を結ぶ5Aというメトロバスが1時間に1本しかありません。このため、朝の8時という時間にホテルを出て、Rosslyn駅で空港方面行のバス停を確認する時間をとります。

すると、空港からRosslyn駅のバスターミナルについたまったく同じバス停から、西行き(空港方面)、東行き(ワシントン方面)と電光掲示板で区別されているだけでした。そして待つこと10分くらい、8時43分発の空港行きの5Aバスに乗ります。やはり一人6$です。

IMG_4736_S

ダレス空港にはだいたい定刻通りの9時25分ごろに到着しましたが、実は空港から博物館(別館)のシャトルバスは11時からしかないことがわかりました。空港の「Information」に行き、尋ねると土日は本数が少し少ないようです。タクシーで行く誘惑に駆られますが、別館でみたいもの自体は少ないので修行を通します。ちなみに、インフォーメーションでは別館の簡単なパンフレットと空港―別館のシャトルバスの時刻表をくれます。シャトルバスの料金はなんとひとり50セントです。

朝早く出ましたので、朝食をとっていませんでしたから、空港の2階に行きちょっとしたカフェテリアのようなところに行きます。Harry’s Tap Roomというレストランで朝食のセットメニューがいくつかありました。そこで今度は私の英語修行です。ハワイに行ったことは有りますが、アメリカ本土はありません。たまごの調理法なんて何通りも知りません…。

IMG_4739_S

しか~し、そこヒヨっていては修行になりませんので意を決して、入り口に立ち中のウェイター氏に手を挙げて合図します。このあたりはレストランのカジュアルさに合わせてふるまう方法を知りませんので、映画で見た方法通り、

「May I have a table?」

本来、空港のカジュアルなレストランとしては大げさな表現かもしれませんが、まぁ外人の私たち米国において失礼のない方法でレストランに入るにはよさそうです。もちろん席がたくさんあいているのは見えているので、

「Yes, of course. ♪」

(♪はそのあと、お好きなお席をどうぞというようなこと)
メニューをもらうと、外でちらりとみたお品書き通り、サンドイッチのセットメニューが丁度好さそうでした。それ以外は、ベーグルのクリームチーズはさみ、など通なメニュー?過ぎてアメリカ素人では難易度が高そう…。席に案内してくれたウェイター氏に代わり、手を挙げるとウェイトレスさんがやってきました。案の定

「卵の調理法はどうしますか?」

とのこと。ここで中学英語が活躍!(笑)お兄ちゃんの「目玉焼き」希望を

“Sunny side up, please !”

というのを思い出し伝えると無事に通じました。そして私は

“Scrambled egg, please !”

でなんとか。。すると、次は「ハム、ベーコン、ソーセージから選べますよ」とのことでお兄ちゃんは

“Ham, please !”

私はちょっと余裕をかまして

“Deep flied bacon, please !”

そして難なく終了。。次はドリンクです。お兄ちゃんはタイ航空機内で通じて気を良くしている、

“Splite, please !”

私は

“Coffee, please !”

で全部終わりです。アメリカにはアイスコーヒーがない、と大昔のN○Kの「基礎英語」で説明していたように思いますので、ホットといちいち言わなくてもよいのだろうと20年以上も前の知識を頼りにします…。

二人いる私たちのどちらがどのような注文内容であったかを確認して下がっていきます。そして待つこと10分弱。それぞれの注文が間違いなく各自の前に置かれた時は、二人して拍手しそう!(ガチンコ、英語修行の1歩前進です、爆)

見事、お兄ちゃんように出てきた目玉焼きは、片面だけ焼いたもの。なんでも勉強しておくものですね(笑)(自分でよく作るのですが、両面を焼いた目玉焼きを “turn Over”というのだそうですね)

私の方も、カリカリに焼いたベーコンがついてきました!

さて、問題はお金を払うとき。遠くのウェイター氏を呼びますがこれは日本式に伝票を書く真似をしながら

“Bill, please !”

(※いまを思えば、米語風に :”Check, please !”でよかったのでしょうね)
ここでよく「ビールが出てきた」という笑い話をきますが無事にお勘定書きをゲット。
チップの計算です…。24.95$。さすが空港でお高い目ですが、15%以上20%以下で切りのいい数字は!?という計算は私は苦手です。フレッシュなお兄ちゃんの頭に頼ると、すぐに

「28$」

とのお答え。

お勘定書きのはさんであるファイルのようなものにお金の頭をちょっと出してはさんでわたしてすかさず出ちゃいます。シャトルバスの時間までは少しありました。

アメリカで必要な細かい目のお札が減ってきました。いやがられるのは目に見えていましたが、空港のお店ですこし20$弱くらい買い物をして100$札を出しておつりをもらいます。するとマレー系のおばちゃんの店員さんは、ちょっと面倒そうな風情を漂わせつつ、マーカーのようなものでお札をなぞってから受け取りました。どうやら偽造がわかるペンらしいです。仕組みはわかりませんが、なんどか高額紙幣をペンでなぞるシーンを目にしました。

さて、こうやって時間をつぶして11時の空港発シャトルバスにのります。CURB2Eという市街地行きのバス5Aと同じバス停からシャトルバスは発着するとパンフレットに書いてあります。11時と確かに書いてありますがバスがやってきません。

博物館自体は10時からオープンしているのに、シャトルバスが11時が始発というのはすでに日本人の感覚を超えています…。また、その日空港から始発のシャトルバスにもかかわらず、7分遅れてくることも想像を超えています。バスに乗るときには二人分の1$札を握りしめて乗りこんで15分ほど。結構な距離がありますので、歩いて別館に行くことは不可能です。(※くれぐれも、効率よく回りたい方はワシントン市街地からのツアーか、空港からは少なくともタクシーで移動されることをお勧めします。ただし、別館の方にはタクシーがたまっている、ということはなかったので行きはタクシー、帰りはシャトルバスというのがよいかも)

IMG_4743_S

11時半過ごろにバスは到着しました。スミソニアン航空宇宙博物館の別館は、「ウドヴァーヘイジーセンター」と書かれており篤志家による寄付によってできたもののようです。やはりここも入場料は無料ですが、荷物検査と金属探知機はありました。入口から入ると建物の2階部分になります。

IMG_4745_S

どーんと、「ブラックバード」が出迎えてくれます。飛行機マニアではないですが、マッハ3以上飛ぶ飛行機のことは知っていました。巡航高度は普通の飛行機の倍以上の20000m以上とのこと。目的はともかく、当時の技術の粋を集めて作ったものと思います。

IMG_4746_S

そして旧日本軍の飛行機が数種類あり、中島飛行機の「月光」

IMG_4752_S

「桜花」がありました。

IMG_4755_S

「桜花」といえば特攻に使われた飛行機です。いまは一番の同盟国となっているアメリカですが、歴史的経緯を考えると特攻機「桜花」が博物館に展示されている様は複雑です…。これは同じく、日本に原子爆弾を落とした飛行機B29「エノラゲイ」の展示を見ても同じです。

IMG_4764_S

IMG_4780_S

IMG_4787_S

別館には、コンコルドやスペースシャトルの実機も展示してありました。かまぼこのような建物はそれはそれは大きく、所狭しとさまざまな空を飛ぶものが展示してあります。日本も発展しているとはいえ、航空宇宙分野では積み重ねが違うように見えました。

IMG_4773_S

コンコルドのエンジン。ロールスロイス製とのこと。

IMG_4770_S

こちらにもアメリアの写真が展示されていました。きれいなひとだったんですね♪

IMG_4775_S

さて、お兄ちゃんはやはりここでも疲れ果てて途中でベンチに座り込んでしまいました。顔色が悪いように見ましたので、はっぱをかけて本当に具合が悪いくなってもいけないと思い、いくつかぜひ見とくとよさそうなものだけは見るように促しましたが、無理はさせずにおきました。なにしろ、この日の翌日は14時間もかけて日本まで帰らないといけないので、飛行機の中こそ万全に過ごしてもらう必要がありました。

IMG_4778_S

スペースシャトルはアメリカ宇宙開発史の輝かしい成果ですが、学生のころ、大きな事故があったことも思い出しました。

IMG_4811_S

IMG_4825_S

広大な格納庫のようなところに、所狭しと飛行機が展示されています。

IMG_4827_S

2階の通路から見たコンコルド。後退翼が美しい。

IMG_4831_S

お土産屋さんでお兄ちゃんは「ブラックバードのプラモデル」、私は博物館のガイドブックを2冊ほど購入したところ50$を超えてしまい、その時は何気にお金を払いました…。乗る前に別館の入り口を再度パチリ。

IMG_4840_S

帰りのシャトルバスも二人分で1$札を払い、13時半の定時にシャトルバスは出発しました。そしてバスは13時40分過ぎに到着したのですが、市街地行きの5A バスは本来、13時40分に出発しているはずでしたがバス停にまだいました。シャトルバスの運転手氏は「あのバスに乗れば街に行けるぞ!」と声をかけていました。

しかし、ここで大問題。市街地行きバスは「ぴったりの料金」じゃないとお釣りをもらえません。一人6$ですから12$ぴったりでないとだめなのです。。バス停のところの柱にもそのように注意書きが書かれており、「運転手は現金を持っていません」と書いてあります…。それでも、いろいろなことにアバウトなお国柄なので念のためにバスの運転手氏に20$札を見せながら、

“Two persons! May I have changes?”

と聞いてみましたが、あっけなく

“Not sure!”

と断られてしまいました。このため、本来乗る予定にしていた14:40まで空港内でコーラを飲みながらお兄ちゃんと二人、「変なところで厳格だねぇ~」とにやにや笑いながら20$札でコーラを買い、お金を崩しておきました…。

14時40分のバスは、実際いは14:52に出発…。きっとある程度人数がそろわないと出ないのではないでしょうか…。これゆえ、アメリカのバスは途中から乗るのは難しいですね。いまを思えばまるで東南アジアのバスみたいです。

バスは順調にRosslyn駅のバス停に15:30頃に到着しました。Rosslyn駅から地下鉄に乗り、次はエジソンの電球を見ようと思い、「アメリカ歴史博物館」に目的地を定めました。

Federal Triangle Station駅でおりました。

IMG_4844_S

ロナルドレーガンビルディングを抜けて向かいます。しかし大手町や霞が関のビルも大きいですが、このあたりのアメリカのビルは平面的に広いです。土地が広い国なので、縦にやたら高くする必要もないのかもしれませんが、ニューヨークなどを考えると「場所それぞれ・・・」という感じかもしれません。

IMG_4845_S

アメリカ歴史博物館には16時過ぎにつきました。どうしても初めて訪れる場所なので、勘がさえずとなりのブロックに出たりして時間がかかってしまいました。

IMG_4850_S

アメリカ歴史博物館では、エジソンの作った電球や蒸気機関車などを見ていました。しかし元原子力技術者としては、世界で最初のサイクロトロンに目が行きました。ローレンスとリビングストンという当時の凄腕の原子核物理学者たちが考え出したものです。現在は直径が何kmもあるものまでありますが、最初のものは、直径4インチだったとのことです。これで原子核物理のいろいろなことが分かるきっかけとなったは感動します。

IMG_4859_S

次に元原子力分野を勉強したものとして興味深いのは、「CP-1」すなわち「シカゴパイル-1」の模型を見れたことです。文献の「絵」でしか見たことがありませんでしたが、イタリア出身の物理学者エンリコ・フェルミが開発した、原子炉の原理となる「核分裂の連鎖反応」を制御された環境下で起こすことに成功した実験装置です。

IMG_4864_S

シカゴパイルー1というのは、今でいうところの核分裂反応の臨界状態を作り出した世界で最初の原子炉といえます。もちろん発電機能は持っていないのですが、「臨界」作り出しということでは、原子核物理や中性子物理という理論的なものをきちんと実験的に実証したことは画期的だったわけです。

あらゆる原子力発電の基礎は「シカゴパイルー1」にあったといってよいのだと思います。残念ながら原子爆弾の基礎をつくったもこれです。CP-1をつくりあげた物理学者は、エンリコフェルミという物理学科卒業者であれば誰でも理論と実験の両面にわたる偉大な業績を知っている人です。ある意味、アインシュタインよりもすごいかもしれない人です。この人もアメリカで偉大な業績を残していますが、もともとはイタリアの人です。

アメリカ歴史博物館では、国旗が有名とのことですが残念ながらアメリカ国旗と国歌には愛着がありませんのでそん展示はスルー。展示物の観察時間は以上に短く、30分程度で終了です。

全体のワシントンDCでの滞在を振り返ると、なかなか初めての場所では、一発で納得できる見学ができません。これは事前の準備不足もあると思いました。本来は、お兄ちゃんに主導して計画を立ててもらいたかったのですが、彼も初めて中学受験というものを体験して、それが終わったところでホッとしていたのかもしれませんので、厳しいことは言わずに置きます。

アメリカ歴史博物館からはブルーラインに乗って、Rosslyn駅を経由してPentagon Cityへと向かいます。少々遠回りなのですが、乗り換えがないほうが早くつくことが想像できましたのでこのルートです。

結構疲れ果てたワシントンDC最終日の夕方、お兄ちゃんとPentagon City駅に隣接したフードコートにて夕飯を物色していると、お兄ちゃんはまたもやマックが食べたいといいます。なんだかマックは親の敵のようになっていますが、まぁ妥協してマックに並びます。ここでもすでに細かいお札が尽き果てていましたので、100$札を出してみました。日本で10000円札でマックを1セット購入する感覚です。

すると、なーーーんと、100$札では受け取らないではありませんか。。ごちゃごちゃいいますが、ようするに細かいお金がないのなら、クレジットカードを使え、とのこと。そんな自国のお金が信用できないのか!?という感じです。

この一件で、ますます私はアメリカが偉大な科学技術を創造した国として敬愛すべき国とは思いながら、自国の紙幣も信用できない国、として評価がダダ下がり状態でした。

いちよう親をやって歴史が長くなりましたので、自分は食わなくても、お兄ちゃんのマックを購入すべく最後の小額紙幣で8$ほどを支払いました。

このため、私は夕食なしです。「アメリカのばかやろーーー」

そして、Pentagon City駅から一駅乗り、Crystal City駅まで戻ってきましたが、何度か利用しているスーパーでお土産を30$分くらい買いこみ100$札を出してみたところ、無事に購入で来て若干の小額紙幣を入手できました。土曜日のCrystal City駅はお店が早々にしまっていまい、あちこちのお店を見て回ったらどこも開いていませんでした。再度、スーパーを訪れてみるとこちらも店じまい。

結局、Crystal City駅では食料を調達できずにホテルに戻りました。
ホテルでルームサービスなどをとるのは敗北、と思いつつ、またきっと高速の英語に萎える、と思いおなかをすかしながら夜寝てしまいました。しかしこちらは、次の日に日本に帰る緊張感からか、夜中に目を覚ましてしまいました。空腹と変な高揚感、これは何度となく感じているのですが、現地最終日に「つぎの日やっと日本に帰れる」という高揚感があるようです。

英語がアメリカ人のようにできたり、タイ語がタイ人のようにできたりするとどうなるかわかりません。しかし、ミャンマーでは義妹や義母に日本に帰る前日くらいには「やっと日本に帰れるでしょ!?」と言われますが、私自身にはそんな感じはしないのです。義妹や義母に手数をかけたなぁ、と思うものの「ミャンマーから早く日本に帰りたい」とは思いません。

むしろ、ミャンマーに定住ないしは永住していたらどうなるかなぁ!?と考えるほうが多いです。

(これが、母国と第2の母国ミャンマーとその他の「外国」との違いかもしれません。漂泊するようにこの1年間各地に訪れてみましたが、やはり旅は若い時に経験する方が自分自身に得るものがより一層大きいように思います。しかし、おじさんになっても得るものが大きいのでぜひこれからも出かけてみたいです。

そんなこんな思いを考えながら、4月2日から4月3日にかけて夜は更けていきました。

2011.04.01 ワシントンDC(3)

すでに実質2日目にはいりますが、お兄ちゃんは時差ボケの修正方法を伝授してもまったく実行しません。このため、ワシントンDCが真夜中の時間に目がさえてしまってPSPでゲームをしてしまい、明け方くらいに眠くなるようです。

結局10時過ぎに出発し、Crystal City駅に向かいます。9:30をまわっているとピークを過ぎた時間帯となり地下鉄も少し安くなりまして、1.85$でモール(ワシントンDCの国会議事堂からリンカーン記念館までのあたりをこう呼ぶそうです)もよりのSmithsonian駅までいけます。

さて、調子よくブルーラインの列車がきた!と乗り込みますと、やはり不慣れで行き先表示が覚えられない。このため反対方向に乗ってしまい、予期せずロナルドレーガンナショナル空港駅まで1駅逆方向に乗ってしまいました。こちらの空港は駅からとても近く、列車でアクセスできるのは便利そうです。

IMG_4610_S

こちらには日本からANAは直行便がないので仕方ないです。ダレス空港まで列車が伸びるのを楽しみに?待つことにします。

さてさて、反対方向のブルーラインに乗り、L’Enfant Plaza駅まで行き乗り換えました。比較的、日本の地下鉄のように色で覚えられますので乗り換えも何とかなります。しかし、列車の行き先表示(最終目的地)と自分の行きたい駅の方向の対応関係が数日間の滞在ではなかなか頭に入りません。この日はスミソニアン駅からスタートします。

IMG_4613_S

Smithsonian駅から降りてひたすらてくてく歩いていきます。まずはワシントン記念塔。こちらはガイドブックには「登れてワシントンDCを一望」と書いてありますので、ネットで事前予約ができるというので調べてみますと3ヶ月くらい先まで塔に登れるチケットの予約分は埋まっていました…。

IMG_4617_S

予約は2ドル弱くらいの費用が必要ですが、これは手数料だそうであくまでも記念塔に上る費用は無料だそうです。当日券も少しあるようなのですが、8時ごろにいってもうまくもらえるかどうかわからない、との事だったので上ることはあきらめました。ただ、一様チケットオフィスのようなところをのぞいてみると、きっぱり

「NO MORE TICKETS」

と掲示されており、人さえいません。

IMG_4618_S

ということで記念塔の間近により大理石の質感を楽しみます。したから1/3くらいまでとそれ以上では当時の南北戦争の影響で調達が困難となり、色目が変わってしまったようです。今回はワシントンDC行きはお兄ちゃんの生活態度によっては行かない可能性もあったので、この種の予約が必要な名所はことごとく不可でした。

IMG_4621_S

ワシントン記念塔も登れないとさみしいものです。少し高くなっているので、国会議事堂方面を見てみます。この一帯は「モール」と呼ばれるところで、まるで「シムシティ」のように整理された区画になっていました。

IMG_4626_S

さて、ワシントン記念塔からリンカーン記念館はみえてはいるのですが建物のスケールが大きそうなので距離感がわかりません。それでも「歩き方」には、歩いて行けるものだと書いてありますから歩きます。それに都合のよい乗り物もありません。「サーキュレータ」というバスの環状線もリンカーンのところまでは行っていないようなのであきらめて歩きます。

ワシントン記念塔からリンカーン記念館までの途中に「第2次大戦記念碑」があります。下の写真では、噴水のある広場です。各州から従軍した人を祈念するつくりになっています。ここは日米の黒歴史と思いますので、静かに通ります。

IMG_4630_S

IMG_4631_S

噴水をとり囲むように各州ごとの石碑がぐるりとたてられています。

IMG_4635_S

日本人としては少々複雑な感じではありますが、戦争自体はなければそれに越したことがありません。

アメリカの建物はすべて壮大なスケール感で迫ってきます。リンカーン記念館の前は映画「フォレストガンプ」でみたリフレクションプールという池みたいなものになっていた覚えがあったのですが、水をすべて抜いて改修工事をしていました。工事のため、水面にきれいに反射する記念塔や記念館はみられませんでした。リンカーン記念館までは、工事最中のフェンスの横を延々歩くというちょっと地味な風景でした。

IMG_4636_S

ワシントン記念塔からリンカーン記念館まではお兄ちゃんと歩いて行くと30分程度の距離でした。途中、写真を撮ったりしながらとはいえ、なかなかの歩きごたえ…。

IMG_4637_S

記念館の白い階段を上っていきます。平日なのでもっと人が好く中と思っていましたが、さすが首都の観光地です。多くの人で賑わっていました。そして階段を上がりきると、リンカーンの巨大な像が見えてきます。

IMG_4643_S

昔は旅が好きではありませんが、人生半分くらいをすぎるとやはり本物を一度はみれることの幸せがわかるようになってきました。ただ、お兄ちゃんの方はまだまだそんな感慨に浸る年齢ではないようで、これからまだまだたくさんやりたいことがやれる、それ故以外と目先の一つ一つを大事にしないところがあります。しかし、自分もそうだったようにまた「自分でいろいろなものが見たくなったら」自分の稼いだお金で旅をしてくれればよいでしょう。

リンカーンの像は力強い造作で、米国人がリンカーンへよせる尊敬の念が感じがられます。像の左右の壁には演説が彫り込まれているのですが、なかなかリアルタイムで意味がとれるほど英語の速読力がありません。かの有名なフレーズ「By the people, for the people, of the pleople」も刻まれているそうですが、どこにあるかはわかりませんでした。 (後から調べると、リンカーンの像を挟んで右側と左側でそれぞれ違う演説文が彫りこまれていたとのこと)

リンカーン記念館からワシントンメモリアルを望むと工事中のリフレクションプールがよくわかります。

IMG_4651_S

記念館は扉も何もありませんが、入って右手には小さなショップがあり、記念日や多少の本も販売されていました。

リンカーン記念館はとにかく大きい!です。ただアメリカ史に興味が強い方でないと、長居をするのは難しいので次には全米科学アカデミー前にあるアインシュタインの像を見に行くことにします。地図上では近いのですあ、一つひとつのブロックが大きいので遠いです…。それでも地図を頼りにリンカーン記念館が少し遠くなったころ、アインシュタインの像の場所を示したプレートを見つけました。やはり科学者を志した青少年はみんなアインシュタインが大好きな例にもれず、おじさんになってもアインシュタインを見に行きます。

IMG_4656_S

像のアインシュタインが持っている本にもかの有名な

E=mc2

が彫り込まれています。後2つの式は重力関係と光電効果に関するものだと思われます。

4月初めのワシントンは、桜がきれいに咲いていました。訪れるには少し寒いですがとても良い季節だと思いました。(帰りの飛行機でANAのCAさんも休み時間にワシントンの桜を見られたそうです)

IMG_4664_S

アインシュタインの像を見た後で、次に「歩き方」のモデルコースにあった「ホロコースト博物館」を見に行こうと歩きはじめます。また先ほどの第二次世界大戦の記念公園までもどり、ホロコースト博物館は意外なほどすぐに見つかりました。

IMG_4665_S

入館するためにはここでも金属探知機と、荷物チェックを受ける必要がありました。そして入場してちょっとベンチに腰を下ろすと「常設展」を見るのにも無料のチケットが必要とのこと。どうやらここもワシントン記念塔と同じ仕組みで、展示をみるのは無料ですが時間を区切ったチケット制になっており、ネットで予約すると2$弱くらいの手数料が必要なものの、日時を自分で選べるようです。

しかし、昼の1時頃に行ったのですが、館内のチケットセンターで当日券(Same day ticketというようです)を配布しているカウンター(入口から少し進んだところで、ロの字になったカウンターの内側で数名の人が働いているところがあります。その路の字の一部にチケットカウンターがあります)で聞いてみると、当日の観覧はPM4時の回まで空きがないとのこと。

自分ひとりだったらおそらくチケットもらって、また4時前に来ると思いますが、お兄ちゃんはすでにぐったり気味でしたから、無駄にするのも迷惑かと思いチケットはもらわずに済ませました。

そしてお兄ちゃんと館内のベンチで打ち合わせると、まずはお昼ごはん(朝ごはんも寝坊しているのでちゃんと食べていません。)に「マック」食べたいとのこと。日本みたいに至るところの街頭にマックがありません。このため、前日経験のあるスミソニアン航空宇宙博物館までもどり、そこのフードコートに行きその後に前日見落とした展示を見ることとしました。

途中、スミソニアン博物館の本部「スミソニアンキャッスル」を外目に眺めながらあるきます。桜がきれいでした。

IMG_4667_S

ホロコースト博物館からスミソニアン航空宇宙博物館まで歩き、やっとのことでフードコートにたどり着くともう1時半。

IMG_4669_S

さすがに歩きづめなのでおなかがすきます。2回目になると少しは余裕ができたフードコート、お兄ちゃんはクオーターパウンダー、私は昨日お兄ちゃんがおいしそうに食べていたチキンバーガーにします。しかし、子供から年配の人まで本当にアメリカの人はマックが大好き。日本生まれで育ちの私には、毎日1回はマック、というのはさすがにきついです。

IMG_4670_S

食事を済ませた後はお兄ちゃんはもう歩けない、と3歳児のようなことを言いますので、ベンチに座っていてもらいます。大きな子供の私は、前日見落とした「リンドバーグの飛行機」をまず見に行きます。窓もほとんどなく、エンジンもむき出し気味で、おそらく前もよく見えなさそうです。「翼よ、あればパリの灯だ」というセリフ、今のように衛星などが支援する航行と違って完全に人力で飛んだこともすごい!としか言いようがありません。

IMG_4671_S

彼と並ぶくらいアメリカでは有名な「アメリアの飛行機」の展示を見直します。前日は漫然と通り過ぎてしまっていたので、ちゃんと分かっていませんでした。アメリアの飛行機は、丸みを帯びたそれはそれは美しいフォルムの飛行機でした。「ナイトミュージアム2」という映画をご覧になった方は、見覚えがあると思います。

IMG_4673_S

そして次はナショナルアートギャラリーに移り、やはり前日見落としたダビンチの書いた肖像画を見ておきます(DIRECTOR 313)。少し憂いがある肖像画ですがそれにはちゃんと理由があるそうです。しかし「前回見落としたから」と言って気軽にもう一度訪れることができるのは、入場料が無料のおかげです。このあたり、アメリカという国の奥深さを感じます。写真は撮れるのですが、私的用に限るそうなのでHPには掲載しません。

日本も土地が狭く、人材の高度化だけが生き残る道のように思うので、産業だけでなく芸術分野もこのような思い切った支援が政策が必要かもしれません。または資産家の方が美術にも支援すると、その方面の芸術家も育つかもしれませんね。

その次ぎには、美術館の並びにある「アメリカ自然史博物館」に向かいます。「となり」と簡単に書いてもひとつひとつとても大きいので結構歩くは変わりありません。

4時前にアメリカ自然史博物館に入館します。やはりここも金属探知機と持ち物検査を受けて入館します。どーんと真正面には、世界最大?と思われるアフリカゾウの剥製が迎えてくれます。

IMG_4688_S

博物館は横に長く、また奥方向にも展示があります。また2階にも展示がありますので、とてもとても広大です。それぞれの展示内容は入口に書いてありますので、専門英単語はわからないですがすが、化石や哺乳類、宝石などの分野はわかります。

IMG_4691_S

ここで面白かったのは、宝石の原石だと博物館っぽいのですが、ちゃんとカットされた装飾品として完成している宝石の展示が充実していたことです。Hope Diamond と呼ばれる所有した人が次から次へと不幸になったダイヤのネックレスなどは話には聞いたことは有りましたが、ここに展示されているとは思ってもいませんでした。

IMG_4696_S

IMG_4699_S

とても館内が混雑していたのも印象的です。この博物館は収蔵点数が1億点を超えるそうで、世界中にちらばっている研究者がいまなお収集研究を続けているそうなので、まだまだ増えていくようです。このような明日、明後日の産業的・経済的な価値を生まないものかもしれませんがその調査・研究に費用を投じ続ける、というのは学術的なものにたいする価値観の違いかもしれません。欧米礼賛はをするつもりはありませんが、この点はアメリカを尊敬いたします。

朝から歩き疲れていましたので、さすがにお兄ちゃんは地下のベンチで座り込んでおりました。

IMG_4693_S

とはいえ、まだ人生始まったばかりのお兄ちゃんはまたこの博物館に来ることもあるかもしれません。しかし、こちらは分かりませんので一生懸命見て回っておりました。恐竜の化石コーナーは、まるでナイトミュージアムの世界でした。

IMG_4700_S

さすがにこちらも疲れてきたので、地図から最寄り駅を探しがてらモールを堪能します。「アメリカ公文書館」がありました。なんでも建物が大きいですね。

IMG_4715_S

「彫刻庭園」。多くの人が散歩していました。

IMG_4719_S

最寄駅は「Archives-Navy Memorial-Penn Quarter」駅。名前長すぎ。

IMG_4722_S

ここからCrystal City駅まで戻り、前日うろうろして見つけていたプリッツェル型の揚げパン屋さん、なんちゃって持ち帰りずし、スーパーなのでいろいろ買いこみ晩御飯としました。くたびれてしまったお兄ちゃんは「フードコート行ってみる!?」と水を向けても、「ホテルでゆっくり食べたい」と持ち帰りで食べられる物の方がよいとのこと。 そういえば泊まった「Sheraton Crystal City」のお部屋写真がありませんでした。

室料で決まっているのでお兄ちゃんと二人で泊まっても値段は変わりません。ワシントンDC内のホテルはものすごく高かった(1泊300$以上!)ので、隣の州ですが地下鉄でつながっているこのホテルを選びました。1泊200$ちょっと。地下鉄で15分もあればスミソニアン博物館のある「モール」に行けるので、選択は間違っていなかったようです。

IMG_4723_S

ちょいとアメリカンな食事にもあきてきたぞ!?とプリッツェル型の揚げパン屋の隣にあった、「ハラペーニョ」がのったソーセージパン。

IMG_4726_S

アメリカンな逆巻きずし!

IMG_4728_S

おそらく時差ボケの影響で眠たくなっていたのだと思います。夕食後は早々に寝てしまいました。私の方はできるだけ現地の時計で生活しておかないと、時差ボケから立ち直れませんから21時ごろまで頑張って起きておりましたが、21時が限界でそのまま就寝しました。