2010.11.06-07 ジャカルタ(メラピ山噴火によるフライトキャンセル)

今回の旅は学生時代の友人と、30歳ごろに知り合った「兄貴」のように尊敬する人を訪ねてインドネシアのジャカルタに以降と思い立ちました。チケットを手配したのは11月6日新しい羽田空港の国際線ターミナルからシンガポール航空で出発する便。

このときJALはジャカルタ行きを運行していましたが、ANAはまだありません。よくよく考えると朝6:25発の飛行機は、インターネットチェックインを活用することにして1時間前に空港についても大丈夫だとしても、朝5:25頃に空港に着く必要があります。

シンガポール航空のHPをみると、羽田の最終チェックイン時間は45分ほど前までなので、1時間前というのは良い時間です。

しかーし、朝5:25に羽田空港につくとなると、4:58の浜松町発のモノレールになります・・・。

これはいくら千代田区に住んでいても辛いものがあります。空港までタクシーで行くと8000円もかかるし、早朝時間帯のタクシーってなかなかつかまらないとはまってしまうし、非常に使いにくいですね~。

#SQの6:25発の便限定でシンガポール往復25000円などというチケットがありますが、少し納得。

さて、11月6日の当日の朝。

朝3時に起床して4時すぎにタクシーを拾い、東京駅へ。京浜東北線に乗り、モノレールの始発駅の浜松町発4:58で予定通り、東京国際空港までいきました。すると、みなさんどうやって5:15くらいの空港にやってこれるのか、結構な人でした。おそらく前泊かタクシーでいらっしゃるのでしょうね。

初めてシンガポール航空(以下、SQ)に乗りますので、うろうろしているとANAが請け負っているようで、ANAの制服を着た人がSQのチェックインカウンターで仕事をしていました。ジャカルタに兄貴分がいますので、その人へのお土産用の焼酎(関税が高いので、とてもお酒が高いそうです)、や日本の胃腸薬などを詰めましたので、いつもより荷物が多く、最初から中型スーツケースを準備しました。

チェックイン自体は「インターネットチェックイン」というもので済ましておいたので、書類の確認と荷物の預けだけした。搭乗は5:50開始で、満席とはならず、777-300ERで比較的余裕をもった感じで人が座っている感じで、周りは中国語を話す人たちの日本向け団体旅行の帰りのような様子でした。

そして、無事に12:30ごろにシンガポールに着きました。ANAなどは食事や軽いおやつ?タイムもだんだん省力化されていますが、SQは初めて乗ったころの国際線のように、朝食、おやつ、軽い昼食まで6時間半くらいのあいだではもういつもおなかがいっぱいのサービスぶり…。

鎖骨まで見えるサロンケバヤ(マレーやネシアの民族衣装風ですね)のユニフォームも南国らしい、ゆるい感じでいつも空港でしか見たことのない、人形の衣装のようなユニフォームのCAさんたちが走り回っておりました。

日本人CAさんも、2名くらいのっており日本語のみのお客さんにも対応してくれていました。私は「修業」のみですから、できるだけ英語を話すように?努めていましたが、飛行機の中の会話は基本的にはパターン化してしまいます。

むしろ、日本の飛行機のキャプテンに比べて緩い感じでたくさん話すTG、マレーシア航空、SQなどのキャプテンのアナウンスをヒアリングする方が面白く、トレーニングになります…。

さて、シンガポールの空港も今年4回目の到着なので勝手は大体わかっていました。

SQはターミナル3(以下、T3)に着きますので、ジャカルタ行きのあるT2にスカイトレインを使って移動し、今月からスターアライアンスのGOLDメンバーになりましたので、ラウンジでメールを確認します。

今回も5月のシンガポールと同様、ジャカルタ現地で合流する予定の中学生時代の同級生が、JALのジャカルタ便で日本を11時過ぎに出発する予定になっていました。(JALは直行便なので私より到着する時間が1時間遅いだけで、出発時間は雲泥の差でした)

シンガポールのラウンジで確認したメールによれば、11月6日の昼前に成田を出発するJALのジャカルタ便は条件付き運航になったとのこと。

「ジャカルタのスカルノハッタ空港に行けない場合、成田引き返しまたはシンガポールに降りることを前提とした条件付き出発」

とのことです。これを承諾できない人は、その時点で降りることもできます。

私はこれをシンガポールの14時過ぎに読んで、晴れ渡るシンガポールの空と、ジャカルタ行きの飛行機が表示されているボード(TV画面)には、これといってコメントが出ていないことで「シンガポールからジャカルタは東京と九州との間くらいの距離なので、大丈夫だろう」
と余裕をこいていました。

15:20の出発にもかかわらず、11月6日のSQ960便は搭乗時刻は14:20だったのでT2のゲートに向かうとごくごく普通に搭乗前検査が行われていました。

そして、十分余裕を持ってシンガポール発ジャカルタ行き、11月6日の15:20発の飛行機に乗り込みました。

11月6日SQ960便、シンガポール15:20発ジャカルタ行きの機内で座りながら、「地球の歩き方 インドネシア」を見ながら、入国書類と税関書類を書いておりました。
そしていつもの、

“Cabin crews, doors for departure !”

もあり、そろそろエンジンの音が少し大きくなった感じがした後、急にとまった感じになりました。

するとキャプテンのアナウンス。。。(英語では記録できませんでした、涙)

「ジャカルタのスカルノハッタ空港が、メラピ山噴火の影響で閉鎖になったのでこのフライトはキャンセルします。飛行機を降りたら地上係員の指示にしたがってください。」

とのこと。。覚悟はあったものの、まさかドンピシャはまるとは思いませんでした・・・。どうみてもシンガポール人のようなCAさんが、ワイシャツにチノパン革靴というビジネスマンスタイルの私に日本語で「今のキャプテンのアナウンスはわかりましたか?」とのこと。

お化粧の具合がシンガポールCAスタイルなので、見た目では日本人CAなのか、日本語のうまいシンガポール人CAなのかわかりませんでした(名札は光って見えない)。でも、非常事態には日本語を話す人がいるというのは安心ですが、CAさんでは地上に降りたらさようならです。。

シンガポールジャカルタ間の飛行機に日本語を話す人が載っているとは思いもよらなかったので、キャプテンさんの早口の英語から聞き取ったことを説明すると、「そのとおりです。」とのこと。無事に聞き取れていたことに安どしつつ、さて、どうするか??

待合室に戻ると、ファースト・ビジネス・エコノミーの順で呼ぶから待機してくれとのことで、どうやら座席のグレードに応じて、待機用のホテル、および配車のレベルが違うようでした。ビジネスホテルの人が「Holiday Inn」というのは聞こえてきました。

エコノミーは席数が多いので、座席番号が前の方から10くらいずつに区切って呼ばれました。私は40番台だったので、ちょっとまってだんだん人気が少なくなってきたところで順番がきました。すると、「緑色のシールを張ると欠航便の乗客だったことが分かり、案内する」とのことで、シールを張られそうになったところで・・・。

実は「アイスランドの噴火でヨーロッパじゅうの空港が閉鎖されてだいぶ長い間足止めされた人たちは大変そうだなぁ」という出発前から思っており、今回ももシンガポールから先にいけなかったら、日本に戻ろうと考えていました。

人に会うといっても、ビジネスのぎりぎりの話をしに行くというよりは以前様々な物流の手配をお世話してくれた人に報告とお礼、後は昔留学してきていたインドネシア人の友達に会うのがメインだったので、天災の激しいところで無理に行っても迷惑をかけるだけです。

このため・・・、宿泊手配のシールを張られそうになったところで英作文を思い浮かべながら、

「シンガポールとジャカルタの間をキャンセルして、今晩の便で日本にかえりたいのですが・・・」

と申し出ると、素早い速さで端末をたたき、

「(ターミナル2の)トランスファーカウンターに行ってください」

とのこと。意外とすんなりだなぁ、と15:20過ぎに飛行機をおろされてから30分後くらいにはカウンターに向かっていたと思います。

さて、ターミナル3は主にシンガポール航空が使用していましたが、ジャヤカルタ行きのフライトはなぜかターミナル2から出ていました。あとはジャカルタでのアポイントメント相手への連絡をする必要があります。

1)ジャカルタで会うことになっている日本人兄貴への連絡
これは、私はソフトバンク携帯なので前もって海外からさらに別の海外へ電話をかける方法をプリントアウトして持っていたので、かけて無事に「残念ながら飛行機が飛ばないので、6日中にジャカルタに向かえませんので今回のアポイントはキャンセルを願いします」と伝えられました。
ジャカルタの天気はまったく火山灰が降るなどはなかったようで、むしろ驚いていらっしゃいました。

2)11月7日に会う予定だったインネシア人の友人との調整
携帯からメールを打ちました。無事に11月7日のアポをキャンセルして、こちらもまた近いうちの再開を約束しました。

3)インドネシアにJALでくる友人への連絡
これは一番困りました。飛行機は出発しているらしいことはわかりましたが、連絡を取るすべがありません。後日あったときに伺うと、飛行機の中からジャカルタのホテルに電話して、ホテルのキャンセルの予約を入れたそうです。私のほうとは、各自最善の判断をする、という打ち合わせしかしておりませんでしたが、なるようになるさ、と考えていたそうです。

さて、トランスファーカウンターもものすごい混雑でした。このため、並んで用件を話すと、座って待っていろ、都のことでしたが一向に話が進みません。とはいえ、ごったがえすように並んでいたので、数回並びなおして状況を確認しましたが、何も変わりません。

少々疲れたので、このまま1週間シンガポールに滞在しようかと思ったのですが、ちゃんとシンガポールージャカルタ間のキャンセルをしないと、そのあとのシンガポールから羽田に戻れるかどうかわかりませんでしたから、シンガポール航空の拠点、ターミナル3に移動して、たくさんいるカウンタースタッフさんに話をしてみました。

すると、猛烈な勢いで電話をかけてすぐにYクラスで21時過ぎシンガポール発羽田行きの搭乗券を発見しなおしてくれました。荷物を載せかえる調整など、それなりに時間はかかりましたが、目の前で自分の搭乗券を調整してくれている様子が見えるだけでも安心です。

ここで多民族国家だと思ったのは、仲間内の会話は母語で行い、お客さんへの対応は英語で行う、という器用さでした。

今から思えば15-30分くらいの間ですべてが終了して、戻りの搭乗券を発券してもらい終わったのが18時ごろだったと思います。時間にしたら3時間程度の出来事でしたが、ずいぶん時間がたったように感じたことを覚えています。

2010年から人生の荒行?を行い始めて11ヶ月目、なかなか香ばしい、海外における飛行機キャンセルを経験して、「経験値」を少し上げることができました。