2011.02.23-24 ヴィエンチャン・バンコク(6)

今日はバンコクから日本に戻る最終日です。とまっていたホテルはASOK駅がもよりなのでBTSを乗りついてSATHORN(サトーン)の船着場までやってきました。チャオプラヤ河のボートにのって移動するためです。

船は乗ってから料金を払いますが、地元の人、旅行者でごった返しておりなかなか座ることができません。

チャオプラヤ河を上流に進んでいく途中、ワット アルンが左岸に見えてきました。今回はラオスの疲れもあるので、急な階段を上るワットアルンはパスしました。

チャオプラヤ河はいつもにごっていますが、この川面が近い感じがチャオプラヤ河のボートならでは景色でしょう。

今日は国立博物館を訪れることにしました。博物館はチャオプラヤ河を上流に向かったときに右岸にあるのですが、N9ターチャン船着場(ワットプラケオ最寄で右岸)から歩くとかなり遠くなるので、N10ワンラン船着場(左岸)から3バーツの渡し舟に乗り、プラチャーンという小さめの船着場(右岸)にわたりタマサート大学を目指します。下の地図で「シリラート病院」は有名な法医学博物館があるところです。

一端、N10ワンランに上陸して、外に出ます。

そして回転ゲートのおばちゃんに3バーツ支払い、渡し舟に乗ります。

あわてて乗ったので、降りたときに写真を撮っておきました。単純往復を延々としている船なので、固定した看板がかかっているので乗り間違える心配は無いと思います。

チュラーロンコーン大学と並んで有名なタマサート大学の塀に沿って進みます。

大通りに出たら左です。ちゃんと有名な場所はバンコク市内なら英語の看板もあると思います。

タマサート大学の門を眺めて通り過ぎます。

すると目指す「国立博物館」がありました。

ワットのような建物ですが、これすべて博物館の建物です。撮影禁止とのことで、概観だけですが日本に関する特設点をやっていました。

見学が終わったら今回は本当にこちらだけを見に来ましたので、また渡し舟に乗って戻ります。

シリラート病院の敷地には、Faculty of Nursing ということは看護学部などの教育機関としての役割もある大病院なのでしょうね。

ホテルには荷物が預けてあるので、MBKにあるちょっと良いめの方のフードコート、Fifthにて今回のたびの〆のパッタイをいただきました。

荷物を受け取り、空港にてチェックイン、夜発・朝着の羽田行きのNH174便で帰国の途に着きました。ヴィエンチャン中心に観光?した旅もこれで終了でした。

2011.02.22 ヴィエンチャン・バンコク(5)

ヴィエンチャン最終日、自転車を半日だけ借り出し(でも1日分支払・・・、フロントの人は「半分にディカウントできるかもしれない」と言っていたのですが・・)。

最終日は博物館を含めて、いくつか見残したところを自転車で回ってから空港にいきます。バトゥサイも自転車だとあっという間です。

ラオス人民軍歴史博物館に到着です。バトゥサイの後方へ向かってひたすら自転車をこぐだけです。一本道なので、自転車で迷わずたどり着けます。

ラオスの歴史を振り返るに、植民地支配と独立戦争に支払った犠牲は大きなものがあると思います。金色の銅像が社会主義国の感じを漂わせています。入館量を支払い、荷物を預けて中に入りますが撮影禁止なので、外回りだけ撮影してきました。

建物は大きく立派です。内部は歴史に沿って国軍の歴史がまとめてある感じです。

展示品の写真はないのですが、1時間以上かけてゆっくりとみてまわりました。帰りは迷わないように同じ道をひたすら戻りました。

パトゥサイまで戻ってくれば後は多少は分かりますので、次に「ワットシームアン」に行きます。ヴィエンチェン中心部の中ではほぼ南端に位置するワットです。

境内には観光客、参拝客がたくさんいました。「シーの伝説」というのが語り継がれています。

境内には仏像をはじめ、さまざまな像がありました。

中には若い上座部僧がいらっしゃったので、お参りをしつつ手に紐を巻いてもらいました。自然に取れるまでしておくものとのことでした。お坊さんの右ひざの上に乗っている白いものが、ヒモの束です。

お祭りしてある仏像。

もう一人、お坊様がいらっしゃいました。

街角の銅像。すいません控えてなかったのでどちらさまの銅像やら・・・。

ヴィエンチャン滞在中にほぼ毎日のようにレンタルした自転車。1日2ドルほどでした。

ワッタイ空港の概観。こじんまりとしていますが、首都ヴィエンチャンの空の玄関です。

1階ロビーの待ち合わせスペース。

2階には土産物屋さんもありました。ドル払いもKip払いも出来ました。Kip払いをしたところ、おつりに大量の100kip札をもらってしまい、どうするものかと・・・。このとき、大体1000kip=10円という感じでした。

ワッタイ空港の周りには本当に何も無いです。

バンコクまでもどりのタイ航空機。

今回乗る機会はありませんでしたが「ラオ航空」の飛行機。ATR-72でしょうか。

ヴィエンチャンからタイ航空でバンコクまで戻ると大都会に来た感じがします。空港からそのままいつの定宿、フォーポイントバイシェラトンにチェックインしました。

ASOK駅側のウェスティンホテルの地下にあるスーパーの一角にあるフードコートで「カオマンガイトート」(揚げチキンライス)をいただきます。気軽に入れる店を何件か知っているだけで、気楽に食事できます。

ヴィエンチャンで昼ごはんを食べていなかったので、パッタイまでホテルにお持ち帰りました。普通、持ち帰りは ”Take out”(米語)、”Take away”(英語)などといいますが、バンコクあたりでは”Take home”というと通じやすいようです。

2011.02.21 ヴィエンチャン・バンコク(4)

友人はラオス最終日、ヴィエンチャンとタイのノンカーイを結ぶ「友好橋」を横断してウドンターニ、バンコクと経由して日本に帰る日です。ヴィエンチャン郊外の「ブッダパーク」に行ってみることにしました。その帰りに友人は「友好橋」(Friendship Bridge)で途中下車をしてタイに出国する予定です。

私はもう1泊ヴィエンチャンで過ごす予定だったので、タラートサオ側のヴィエンチャン近郊用のバスターミナルにて集合。あらかじめ調べていた「14番乗り場」がブッダパークのあるところを通る路線でした。

バスの前には番号札が置いてあるのでそれでさらに確認します。また運転手さんにも「ブッダパーク!?」と確認してみたところ、「Yes」とのことでこれ以上はお任せ(笑)。

本当にローカル路線です。私たち二人以外はラオスの人に見えました。念のため近くのおばちゃんに「ブッダパーク!?」と聞くと「Yes、Yes」とのこと。とてもテレビの旅番組のように話が弾むことはありません。ましてや「指差し会話帳」に付き合ってくれそうな人もいませんでした(笑)。

大体50分から1時間程度でブッダパークにとまります。バス停はあってないようなものなので、やはり運転手さんに事前にアピールしておくのが吉だと思います。訪問時5000kipでした。タラートサオのターミナルから、友好橋をすぎてからしばらく走ったところでした。

入口で入場料とカメラフィーを払い、友人はキャリーバッグを預ってもらい、いざ見学です。

のっけから熱にうなされたときのまぶたに浮かびそうな仏像が登場。あとは陳腐な説明をつけるのがはばかられるような感じ。

かぼちゃのようなオブジェは中に入れます。

てっぺんには「火炎樹」のようなオブジェが・・・。

入口。見開いた目が恐ろしい。

内部に照明があるわけではなく、明かり取りの「四角い孔」から差し込む光だけで歩きます。

内部には彫像のようなものが置いてあり、仏教的な意味合いのありそうな雰囲気を漂わしておりました。

頂上まで3層くらい上っていくと、外に出る階段がありました。ほとんど適当に作った階段なので、ぜひこちらを訪れる際は、はきやすい靴、できれば軽トレッキングシューズなどが良いと思います。

ブッダパーク内を大体一望できる高さがあるので、眺めは良いです。

よくラオスのガイドブックで見る多面の仏像で、骸骨がのっており、さらに手が何本も差し出されているというわけの分からない意匠となっています。

前から見た造作に比べて、厚みが異常に薄い寝釈迦像。

先程下からかぼちゃの上?にあると見上げて木のオブジェ。

中の展示物を眺めながら上がってくるとここに出てきます。

友人も眺望を眺めて写真を撮っています。なんともいえない、禍々しい仏様の像を眺めながら「ブッダパーク」の成り立ちをガイドブックで読みます。推測ですが、この公園を開いた僧の心象風景なのだと思います。それもちょっと妄想含みの・・・。

比較的普通の仏像。しかし、むいている方向に統一感が無いように思えます。

かぼちゃの上から見た、「ものすごく厚みのうすい寝釈迦」。すこしパースが狂っているような気もしますが・・・。

立像に手を合わせている4面の像は阿修羅像などに見えてしまいます。しかし、詳しい説明があるわけではなおので、「感じる」しかありません。

 

ひとつひとつ見入ってしまう不思議さ。

クメールでよく見る、ナーガ7匹を背負った仏像。

ブーゲンビリアが一服の清涼剤でした。

手になんか持ってます。

なんか、「乗って」います。

ほとんどわけわかりません。

腰から下がなんだかわけわかりません。

顔が・・・。

食われちゃってます。。

アップ。

塔まであります。

ゲシュタルト崩壊してきそうです。

複雑に重なっています。

多面・多手の像です。わけわかりません。

メコン川に近いところにも・・。手前の意匠はなんでしょうか・・・。

メコン川のほとりまで行くと休憩できる場所がありましたので、思わず二人1本文だけ昼ビール。

なかなかいいかんじの休憩所でした。

ナーガを後背に備えた仏像もありましたが、大蛇も見える気がします。

戻りの道すがらにも不可思議な像が・・・。シュールすぎます。

大蛇の上に仏様が・・・。でも掌の上に何かがのっています・・・。

かぼちゃのようなところから眺めたときに、極端に厚みの薄い寝釈迦像を脚側から。

ラオスのガイドブックなどにもあるオブジェと近距離で。

御頭の上にはいろいろ載っています。

スタート地点(入口)側のかぼちゃ?のオブジェまで戻ってきました。どれもシュールです。

最後の最後まで、シュールな世界です。

ブッダパークの前のバス停にたつと、バスは止まってくれます。そこで「タラートサオ!?」と疑問形にして、Yesと言ってくれたトライバーさんの乗り合いバスに乗ります。

ヴィエンチャン近郊の景色を眺めながら、ヴィエンチャン中心部へと戻ります。

 友好橋につきました。

友好橋では、友人が降りてここからノンカーイ、ウドンターニ、バンコク経由でこの日に日本まで戻ります。私はもう少し旅程が長いので、そのままヴィエンチャンのホテルまで戻ります。

のどかな風景が続きます。

この時計塔を目印に(ラオスと日本の国旗を書いた石碑が建っています)、ヴィエンチャンの市街地に入ったと理解しました。

ブッダパークに行くときは14番のバスに乗ってこのバスターミナルを旅立ちましたが、戻ってきたときは48番のバスだったようです。さて、どっから来たバスなのか・・・。

バスターミナルで時刻表を探してみてください。40番のバスはタイのノンカーイまでいく国際バスのようですね。この記事は2011年2月のものなので、旅に出かける前にもっと新しい情報を仕入れてください。

ヴィエンチャン近郊路線用のバスターミナル。タラートサオの裏手にありました。

タラートサオのフードコートで遅い昼食。焼きそばのような味。ラオスは輸入品が多いためか、物価が安い印象はありません。安かったのはビールくらいの印象です(大瓶がスーパーで80円くらい)。

この後は仕事に明け暮れました。