新型コロナワクチン1回目接種

いまは教育機関に所属していることもあって、機会があればできるだけ早く接種したいと思っていました。すると、職場の大学が頑張っていただき、7月22日に職域接種として1回目のワクチンを打ってもらうことができました。

どうしても、理工学系出身者なので定期的に体温の計測と記録を残しておくのが癖になります。職域接種なので、モデルナを打ってもらっています。初日は大過なく過ぎました。ただ、夜には少し不安があったので「カロナール」を500分飲んています(体重や年齢によりますので医師の指導の下でお願いします)。

無事に7月23日の朝を迎えましたが、やはり、インフルのワクチンに比べて腫れが起きやすく、すこし腫れの感触も堅い印象があります。また赤発疹もあり、緩いですが痒みもあります。

とはいえ、年齢なりに(50代)の反応で、高熱になったり、戻したりなどの副藩のは今のところありません。

モデルナなので、2回めは4週間後です。「モデルナアーム」が出てもいいように、「タリオン」を準備しました。塗り薬は皮膚科さんなどを尋ねないとなかなか難しいので内科的な薬のみ、準備中です。

できるだけ注意を払っていますが、朝の通勤バスはほぼ満員です。そんな中で通勤した後に、学生の皆さんに対面で講義をするのもは申し訳ないです(ソーシャルディスタンスは十分に確保していますが・・・)

うつつの抜かしてすいません

もう20年以上やっている、U-Zeekwyet・・・。特に最近はミャンマー情勢は「混沌」・・・。ミャンマー情報は現地に粘り強くいらっしゃる方やジャーナリストに方々に及ぶわけもないので、特になにも記述できるものはありません。

もちろん、家族がいますので書けることも、書けないこともありますのでこれは何ともしがたいジレンマです。

いまは女子高生と女子大生がたくさん載っている通勤バスで痴漢に間違われないように必死に往復している、ただの地方在住のおじさんです。

いつかミャンマーの若者に、日本の技術を教育できればと思い、修行中ですがミャンマーの混沌さ加減にただただ遠くから「安寧」を祈るばかりであります。

地元名物。。。

家族のもとへ帰りたい・・・

職業人生最後の夢、とばかりに昨年の夏ごろから夢の中にいるかのように大学のポジションに応募してきました。シンクタンクを辞めて独立して以来、お客さんからお金をいただきながら自分の名前も入った論文も書けるなんてうまい話はどこにもなく、某シンクタンクの看板の大きさに改めて敬服したものでした。

そんな、こんなで20年近く独立自営の道を歩んできましたので研究者の能力や活動度をはかる「論文」というものをほぼ書いていませんでした。その段階で、多くの大学は「応募対象」ですらなくなってしまいます。

とはいえ、うなされたように「どっかでこの経験を必要としてくれるところもあるんじゃないか!?」との一心で、2020年度を区切りに大学へ応募し続けたのでした・・・。

やっとのことで年度末も近くなってきたところで、家族のもとからだいぶ離れたところで「教員に採用する」といっていただいた大学がありましたので、遠路はるばると単身赴任、いやどちかというと単身移住のような状況で北陸にやってきました。

起業の転勤族の方なら、2-3年もすれば次に移っていくことでしょう。でも自分の場合は、こちらの大学に雇用されるということなので、単身赴任という特別な状況ではありません。

おまけに新型コロナ禍の厳しい折、できるだけ蔓延させないようにとの配慮から、とても厳しい往来制限が課されています(とくに東京などとの往来は事実上、不可能です)。長期のお休み期間中には、なんとか数日帰れるかもしませんが、自宅および両親のいる家の両方の様子をお伺いするすることはほぼ不可能です。

すべて内定を承諾してからわかったことなので、致し方ないです。大学というのは少々民間企業とはことなる採用と雇用契約のプロセスを経るらしい、と聴いていたので身をもって体験してみたい、というも少々ありました。

そう、あまりにも特殊なんです。給料だって4月分が振り込まれるまでいくらかわかりませんでした。おまけに、東京の相場とはかけ離れた水準でした・・・。これではとても東京の家族に仕送りしようと思うと、朝昼晩と食パンかおにぎりになります・・・。

そうですよね、地方都市に行くと「物価が安くて食べ物おいしい~♪」となります。それは旅行者のメジャーです。現地で雇用されて働くと、給与水準も物価と同様、低いものがあります。

文化も、天気も、人間関係も違います。もちろん、優しく、申請津にしてくださるかたもいるのは一転の光明・・・。なんとか勤め続けるために道しるべになります。

いい歳をして地方に夢を追いかけてみる、というのはあまりにおおきなものを引き換えにしたことを反省しています。このため、できるだけすみやかに東京のおうちに戻りたいと考えています。

近況のご報告

この3月末から北陸の金沢に来ています。早くも3か月たちました。生まれて初めて日本海側に暮らしましたが、あまりにも自然が厳しすぎます。不安定な陽気が多すぎます(涙)

体調がなかなか安定しません。緊張感もあって何とか続いていますが、大学ならではの催しとして保護者会やオープンキャンパスがあると土日がなくなってしまい、10日以上の連続勤務になってしまいます。

健康なおじいさんがたや、若い先生は良いと思いますが、フル傷だらけのわが身は持ちません・・・。

任期は3年ありますが、おそらく3年以内に次を考えろ、というメッセージだと思ってもう東京に帰る準備を始めました。具体的にどう、というはないのですが履歴書や業務歴書を再点検し、追加できることは加筆している感じです。

とても疲れました。日本語が通じれば、意思疎通ができているわけではないのが地方都市の難しさですね。。。

人生の一大転機

この4月からは30年暮らした東京から一旦離れて単身赴任で北陸に来ています。会社も休業し、これまでにやり残した「人を育てる仕事」をしようと思いたちました。2020年の夏ごろから探し始めてやっとみつかったところで学生さんに講義をしたり、担任をして新型コロナ予防の世話を焼いたり、面談をしたり、などなど先生ライフを楽しんでいます。

新型コロナが収まるどころかますます猛威を振るっているので、なかなかあちこちでかけるのもためらわれます。ゴールデンウィークも結構、人込みなっているようなので観光地なっている場所には近寄りもしません。

いったいいつになったらワクチンが接種できるのでしょうか。そして変異株にはどれくらい有効なのでしょうか。せっかく島国なのに、外からバンバン持ち込まれたらなんにもできないです・・・。むしろ島国ごと滅ぶかも、と心配になります。