孤児院

皆さん「孤児院」という言葉を聞いたとき、どのようなところを想像しますか?ミャンマーでも、さまざまな理由で親とすごすことのできない、 親をなくした子供たちが孤児院で暮らしています。ここでは、ちょっとだけミャンマーの孤児院の様子をお伝えしたいと思います。

ミャンマーでは、 自分の誕生日・結婚などのお祝いの日には功徳を積む行為として、お坊さんに食事を差し上げることや、大学に書籍を寄付したり、孤児院に食事を寄付したりします。

ミャンマーの孤児院は幼児、青少年など年齢によって別れており、ヤンゴンでも市内・郊外あわせて数箇所あります。 基本的には国によって設置されたものです。孤児院に寄付する際には、 (1)一回分の食事、(2)一日分の食事、などに相当するお金で寄付することが多いです。 ここでは、幼児のための孤児院に一回分の食事を寄付した際の様子をご紹介します。

一番広い教室にみんなが集まったところです。壁の中央上部には、ミャンマー独立の勇士、アウンサン将軍の写真が掲げられています。

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紫色は制服の色です。男の子も女の子も顔や手足にはタナカを塗っています。しらみなどがわくことがよくあるため、 女の子も丸刈りにされていしまいます。(少ない予算のなかで少しでも衛生的に保つには、必要なことです)

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男の子も女の子もみんな座って先生の言うことを聞いています。

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ミャンマーでも子供たちは元気です。

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これは寄付によって購入できた穀物と油、それらにTHANK YOU FOR YOUR DONATION (あなたの寄付に感謝します)の言葉を書いたパネルをのせ、写真に収めます。遠隔地からの寄付の場合、これらの写真が寄付者に送られます。

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指示に従って、列になって待っています。 遠方からの寄付を行った場合、その志が確かに子供たちに伝わったことを証明するため、このような写真を撮るのです。

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指示に従って、列になって待っています。

今回の寄付では、うえに示した穀物と油にくわえて子供たちにお菓子を提供することができました。

国からの予算はあるとはいえ、皆さんからの篤志がなければ、どうしても子供たちの食事は質素になってしまいます。 ましてやおやつなどはめったに口にすることができないため、子供たちも大喜びしてくれています。

寄付を受け付けた証明書です。

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孤児院の名前、寄付した人、寄付によって子供たちに提供できたものなどが知らされています。 これはビルマ語で書かれた証明書ですが、もちろん英語で書かれた証明書を発行してもらうこともできます。

以上見ていただいたように、ミャンマーではまだまだ日本などから援助を受けていかなければならないところがあります。 人を雇う際のコストは日本と比べて圧倒的に安いため、「人手不足」というよりはあらゆる「物資の不足」が問題となっています。 また、子供たちの命を救うための医薬品も多くは輸入に頼っており、末端まで十分に行き渡っているとはとてもいえません。

医療設備では、日本ではもうとっくに最新の装置が発売されている黄疸分析装置(よく新生児が黄疸にかかりますよね、その際に黄疸の度合いを血液から検査する装置です)は最新の装置でさえも60-70万円で購入できます。

しかしながら、ミャンマーの医療機関にとっては、6,000$-7,000$のお金はちょっとやそっとでは調達できません。そのため、もう何十年も前にODAなどで導入した古い機械をだまし、だまし使っている状況です。

将来のミャンマーを担っていく子供たちが、貧困や飢えに苦しむことの無いよう、個人的にではありますができる限りの応援をしていきたいと考えています。

(記事の内容は1990年代後半のヤンゴンの様子です)